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Niimachi Kanta
情報
| タイトル | Niimachi Kanta Niimachi Kanta 新待勘太 |
| 日にち | 10/1865 |
| Uitgever | Iseya Kisaburō (Man’yōdō) 伊勢屋喜三郎 (万葉堂) |
| 木材カーバー | Ōta Tashichi 太田多七 |
| 場所 | Edo |
| サイン | Kaisai Yoshitoshi hitsu 魁齋芳年筆 |
| アーティストシール | paulownia |
| 改印 | aratame, Ox 10 改丑十 |
| 版元印 | Nantenma 2 Ise-Ki 南てん馬二いせ喜 |
| 彫師・摺師の印 | hori Ōta Tashichi 彫太田多七 |
| 画中文字 | 勘太は常州新町の出生角力を好みて妙手を自得し捨五郎が子分数多の中に角力の腕前五指を折ず然も共性酒を好て力量に慢じ人を見る叓芥の如し。或時御下の理七と共に酒店に至りて数盃をかたむけや沈醉にぬ及しりば力自慢の廣言より双方口論に及び果は白刃を交るをり洲の嵜亦吉彼所に来合せ双方をなだめしが素よりさてたる意恨もありねば忽ち笑の眉をひき再度酒席に列なりめさばり強情我慢なれば捨五郎笠川へ夜討のときも番舩に将として初更の頃に飯岳をのりいで亥中も過て笠川に着き我髭藏を討取て敵味方の眠りを覺させんと真先に進みしかど彼留吉が内通に髭藏かねて寄計をめだらし究竟の輩をえらみ爰彼処に埋伏させ今や遅しと待受て各々勘太を目がけ鉄砲の筒先するどに打出ければ味方左右に散乱なせど不敵の勘太少しも臆せず當るさいはい切立なぎたて終に髭藏にわたり合双方きこゆる剛の者火花をちらしてたゝかひしが勘太は数度の戦ひ労れたれば終に髭藏に討れけるはをしむべき壮士なり 一家畧傳史山々亭有人記す |
| オブジェクト番号 | SH2018-DM-139 |
| Credit line | Gift of Muck and Mieke Douma |
| 元 | Gifted to the Japan Museum SieboldHuis in April 2018 by Muck and Mieke Douma |